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高知地方裁判所 昭和29年(行)6号 判決

原告 長崎延雄 外一名

被告 高知県知事

主文

被告が別紙目録記載の土地および建物についてなした昭和弐拾四年参月弐日を買収期日とする買収処分並に売渡期日を同日とし売渡の相手方を訴外渡辺百平とする売渡処分は、いづれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、申立並に主張

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は原告等の請求はいづれも棄却するとの判決を求めた。

原告等訴訟代理人は、その請求の原因として

(一)  原告長崎は原告永井より同人所有の別紙目録記載の宅地を賃借しその地上に別紙目録記載の家屋を所有していたが、昭和弐拾四年当時は右家屋を訴外亡渡辺百平に賃貸していた。

(二)  ところで、訴外高知県吾川郡秋山村農地委員会は、昭和弐拾四年初め頃右渡辺の申請により右宅地並に建物について自作農創設特別措置法第拾五条第壱項第弐号により買収期日を昭和弐拾四年参月弐日とする所謂附帯買収計画を次いで右買収期日を売渡期日とし、売渡の相手方を右渡辺百平とする売渡計画を夫々樹立し、被告は右買収計画に基き昭和弐拾四年七月弐拾参日高知県告示第四百七拾壱号をもつて公告して、右宅地の所有者である原告永井および建物の所有者である原告長崎に対して交付すべき買収令書の交付にかえ、これによつて右各物件に対する買収処分を、次いで前記売渡計画に基いて右渡辺百平を売渡の相手方とする売渡処分を夫々なした。

(三)  しかしながら、右買収並に売渡処分は次の理由により無効である。即ち

(イ)  本件宅地並に建物の買収処分は自作農創設特別措置法第拾五条に基き所謂附帯買収としてなされたに拘らず、右買収の申請者たる右渡辺は同条所定の農地の売渡を受けたものでない。即ち、訴外吾川郡秋山村農地委員会は、訴外亡渡辺百平の申請により、同人に本件宅地並に建物の所有権を取得させる目的を以つて、元吾川郡秋山村秋山字種屋敷六百参拾四番田八畝七歩の土地をその耕作者である小島堅吉、川沢伊勢雄の為め買収するに際し、これに便乗して、真実は右亡渡辺百平には農地売渡がないのに拘らず、右渡辺が右田八畝七歩の一部六歩(現況畑)の売渡を受けたかの如く作為し、これを基本として本件宅地建物の買収並に売渡計画を樹立したのであるから、右買収並売渡計画は無効であり、従つて右各計画に基いてなされた被告の本件買収並に売渡の処分はいづれも無効である。

(尤も、原告はさきに本件附帯買収の基本たるべき農地買収並に売渡処分として、被告主張の畑につき被告主張の買収並に売渡の処分がなされたことを認めたが、右自白は真実に反し且つ錯誤に基くものであるからこれを取り消す)

(ロ)  仮に、本件附帯買収並に売渡の各処分の基本たるべき農地買収並に売渡処分として、被告主張の畑六歩に対する被告主張の買収並に売渡処分があつたとしても(1)凡そ自作農創設特別措置法第拾五条第壱項第弍号(以下単に自創法と称する。)により宅地、建物を附帯買収として買収、売渡せんがためには、右買収、売渡の基本たるべき売渡農地そのものを耕作経営するため当該宅地建物を必要としなければならないところ、本件の場合には、右畑六歩の売渡を受けた訴外亡渡辺百平は、本件宅地並に建物を生活の本拠と為し右六歩の畑は、同人にとつて生活上必要なものでなく、生活の利便に使用したにすぎない。即ち、本件宅地建物が主であつて、畑六歩は従であり、農業経営に宅地建物を必要とする自創法第拾五条の趣旨とは正しく逆である。(2)もし然らずとするも、附帯買収は農地の売渡を受ける者が、農業生産に努力精進することを必須条件とすることは、自創法第拾六条第弐拾九条の規定により明白であつて、猫額の野菜畑六歩を農業生産又は農業精進の対象とするのは、自創法の仮面を被り事実上同法規を濫用した不法の内容を有する。

(ハ)  前記亡渡辺百平一家は農業を主業とするものでなく、且又これにより生計を立てていたものでもない。同人の生活は高知市に於ける飲食業による財産と婿養子正寿の送金に依存した生活であつて、自創法第拾五条の一部改正による同条第弍項第壱号の買収除外の場合に該当するが、かかる食糧補給のための耕作者又は副業者には、特別の事情のない限り、附帯買収を認むべきではない。

(四)  以上の外、本件処分のうち本件建物に対する買収並に売渡処分は、次の事由によつても無効である。即ち、本件建物に対する買収処分は、前述の如く、買収令書をその所有者たる原告長崎に交付してなされたものでなく、同人の所在不明による公告をもつてなされたものであり、而して、買収対価も交付されていないが、原告長崎の母は右亡渡辺百平の妻益基と従姉妹の間柄で、渡辺一家が高知市在住中互に往来して居り、且又右渡辺百平およびその妻は、原告長崎より本件家屋を賃借するにあたり、原告の当時の移転先である高知市中水道四拾弐番地にたびたび訪問した事実があつたので、右家屋に対する附帯買収の申請者である右亡渡辺百平は原告長崎の住居を熟知して居り、従つて右渡辺は、附帯買収申請者として買収令書、買収対価を交付せしめるため、原告長崎の右住所を県および農地委員に連絡し得る実情にあつたに拘らず、これを回避し、原告長崎の所在不明による公告の手続を執らしめたのは、右渡辺および被告並に訴外秋山村農地委員会が原告長崎の異議を恐れて通謀したからに外ならない。然るに、買収令書の交付により買収の効果が生ずるのであるから、この手続にかくの如き違法な事由がある以上、本件家屋に対する買収処分は、無効であり、従つて、その売渡処分も亦無効である。

(五)  よつて、原告永井は本件宅地についての、原告長崎は本件建物についての本件買収並に売渡の各処分の無効確認を求める、

と述べ、なお被告の主張に対して次のとおり反駁した。

訴外亡渡辺百平が高岡郡新居村において田畑を所有してその一部を自作していたことは認めるが(但し反別は不知)、仮に、右渡辺が被告主張の六歩の農地の売渡を受けたとしても、同人が右新居村の農地と右六歩の農地とを自作していたことを理由とするところの、本件附帯買収は適法であり仮に、違法であるとしても、無効ではないとの被告の主張は、自創法を歪曲したものというべきで、自創法第拾五条の改正前においても農地委員会にこの様な絶対的才量権のないことは明白である。たとえ若干の自作地があり、更に自創法により農地の売渡を受けても、政府が自創法第拾五条によつて耕作者の居住する宅地建物を附帯買収するについては、当該売渡農地そのものの経営に右宅地建物を必要とする特別の事情を必要とする。

仮に、自創法第拾五条の解釈として、たとえ売渡農地そのものは僅少であつても、他に自作地がある場合、これを考慮に入れて附帯買収をなすことが許されるとの被告主張の見解が許されるとするも、少なくとも附帯買収をうける宅地、建物と右自作地との間に地理的環境的関連性のあることを要するというべきである。然るに、右亡渡辺の新居村の自作地と本件附帯買収処分の対象となつた宅地、建物とは、村も違いその間に仁淀川を狭み約壱里の距離があり、地理的環境的関連性を欠如して居り右宅地建物は右農地の耕作並に収穫物の取入れ其他の作業に必要とは謂いがたい。

よつて、被告の右主張はいづれの点よりみるも失当である。以上。

被告指定代理人は答弁として原告主張の(一)の事実は認める。尚訴外亡渡辺百平は本件宅地をも原告永井から賃借していたものである。(二)の事実は認める。

(三)の(イ)の事実中、原告主張の田八畝七歩を買収した事実のみを認め、その余の事実は否認する。同(ロ)(ハ)の事実は全部否認する。(四)の事実中、原告長崎に対し買収令書および買収対価の各交付がなかつたこと原告主張の公告をなしたことは認める。訴外亡渡辺百平等が原告長崎の転居先を知つていたとの事実は不知、被告および訴外秋山村農地委員が右渡辺と通謀したとの事実は否認する。買収対価は昭和弍拾五年参月弐拾五日供託済である、と述べ、原告の自白の取消につき異議ありと陳述し、なお、被告の主張として、

(一)  原告永井利彦(旧姓吉本)は従前より高知市に住所を有し原告主張の田八畝七歩を所有していたが、右農地を分割して訴外小島堅吉に七畝弍拾壱歩を、同川沢伊勢雄に拾歩を、亡渡辺百平に六歩を夫々を小作させていたので、右農地は自創法第参条第壱項の規定により買収期日を昭和弐拾弍年参月参拾壱日として買収せられ、買収当時の前記小作人等に分割売渡せられたが、その際亡渡辺百平には六百参拾四番の参田(現況畑)六歩として実施せられており、右買収売渡には原告主張の如き虚構の事実はなく、右渡辺は自創法第拾五条所定の附帯買収申請の資格を有するものであり、従つて右渡辺の申請によりなされた本件附帯買収処分には原告主張の如き瑕疵はない。

(二)  尤も、右渡辺に対する売渡農地は、前記田六歩のみであるところより本件附帯買収が相当であつたかどうかについては、原告主張の如く疑問があろうけれども、本件宅地、建物が買収せられた昭和弍拾四年参月弐日当時においては、右渡辺は前記田六歩の外に新居村において田畑弐反拾参歩を自作していた自作農に精進する専業農であり、本件宅地建物が右渡辺の農業経営全般に必要であつたことが認められる外、本件宅地建物は右売渡農地に接続しており、その利用上密接な牽連関係があるところより、右渡辺の買収申請を相当と認めて附帯買収をしたものである。

よつて、仮に、本件売渡農地が僅少なるところよりして、売渡農地自体の経営には本件宅地建物を必要とせず、買収申請は不相当にして、前記渡辺は附帯買収申請人としての適格を欠くものであり、かかるものの申請によつてなされた本件宅地建物の買収は自創法第拾五条の適用を誤つた違法の処分であつたとしても、右法条の解釈につき、宅地建物の附帯買収は解放農地自体の経営に必要である場合に限定せらるべきであるとは、当初より何人と雖も疑問がなかつたとは云えないところであり、かえつて同法条の文理解釈としては、同法条第壱項第弐号による宅地建物の買収は、同条第壱項第壱号の場合の買収と異り、解放農地と買収宅地との間の直接の農業経営上の必要関係は要件とされないと解せられる。然るに、その後裁判例により逐次右の解釈が限定せられるに至り、遂に昭和弐拾六年拾弐月弐拾八日の最高裁第弐小法廷の判決において、「自創法第拾五条による買収が農地の売渡に附帯して行われることを要件とする以上、宅地等を買収できる場合は、その宅地等が売渡農地の経営に必要な場合に限定すべきである」との解釈が確定した経緯に徴すると、本件宅地建物買収当時においては、前記文理解釈による買収処分をしたものであるとしても、斯様な法条解釈の誤は止むを得ざるものがあり重大且明白な違法が存するとは認め難いから、その瑕疵は、買収処分の取消について争われるべき程度のものであつて、本件買収処分並に売渡処分を当然無効ならしめるものではない。

なお自創法第拾五条第弐項が附加せられたのは、本件買収処分の為された時より後である昭和弐拾四年六月弍日の法律第弐百拾五号によるものであるから、同条第弍項の買収できない基準は、本件買収処分当時には、明確でなく、従つて、本件買収が仮に、原告主張の如く、右基準に違反するものであるとしても、法律上当然無効とはいえない。

(三)  原告長崎は、本件家屋に対する買収処分が公告手続によつてなされたことは、違法であると主張するが、甲第四号証により明らかな如く、原告長崎の住所は登記簿上高知市本町筋弐拾四番地と記載されていたので、被告は右記載を信頼し同所に買収令書を送達したところ、受取人不明にて返送されたので、止むを得ず自創法第九条により令書の交付にかえ、原告主張の如き公告をしたものであり、右公告手続には何等違法はないのであるから、本件家屋に対する買収処分が違法になるいわれはない。

と述べ、右(二)に対する原告の反駁主張に対し、訴外右亡渡辺の新居村の農地と本件附帯買収の対象となつた秋山村の宅地建物との距離が壱里位である事実は認めるが、その余は争うと陳述した。

二、証拠〈省略〉

理由

原告等主張の農地委員会が訴外亡渡辺百平の申請により原告等主張の頃原告等主張の宅地および建物につき、原告等主張のとおりの買収並に売渡の各計画を夫々樹立したこと、被告が右買収計画に基き昭和弐拾四年七月弍拾参日、原告等主張の如き公告をもつて原告等に対して交付すべき買収令書の交付にかえ、これによつて右各物件に対する買収処分を、次いで前記売渡計画に基いて訴外亡渡辺百平を売渡の相手方とする売渡処分を夫々なしたこと、右買収処分当時、右宅地は原告永井の、右建物は原告長崎の夫々所有に属していたこと、および右渡辺が右建物を原告長崎から賃借していたことは、当事者間争いがない。そしてまた、証人山崎茂、小島堅吉、杉野為喜の各証言を綜合すると、右渡辺は右宅地を原告永井から賃借していた事実が認められ、右認定に反する証人長崎豊七の証言は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで原告等は、訴外亡渡辺百平は自創法による農地の売渡を受けた者でないから、自創法第拾五条第壱項第弍号に基く宅地建物の買収を申請する資格のないものであるから、かゝる者の申請に基きなされた本件買収並に売渡の処分は無効であると主張するので、これについて考察すると、原告は、一旦被告主張の六歩の農地につき被告主張の買収売渡処分があつたことを認めた後、右自白は真実に反し錯誤に基くものであるから取り消すと述べているが高知県吾川郡秋山村字種屋敷六百参拾四番の田八畝七歩につき被告による買収処分がなされたことは、当事者間に争いがなく、而して右買収が自創法第参条第壱項の規定によりなされたこと、および右買収期日が昭和弐拾弐年参月参拾壱日であることは、原告において明らかに争はないから、これを自白したものと看做す。そして成立に争いなき乙第七号証の参、証人小島広吉、杉野為喜、小島堅吉の各証言を綜合すると、前記亡渡辺は本件附帯買収の為される前に右田八畝七歩の一部分たる六歩の売渡を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る何等の証拠はなく、従つて、右自白は真実に反しないと云うべきであるから、右自白の取消は許さるべきでない。

従つて、原告の右主張は理由なきものとして排斥さるべきである。次に原告等は、仮に、右亡渡辺百平が被告主張の自創法による六歩の農地の売渡を受けたとしても、自創法第拾五条第壱項第弐号により宅地建物を買収売渡することが許されるのは、右宅地建物が売渡農地自体の経営に必要な場合に限定されていると解すべきであり右法条の趣旨を無視してなされた本件買収並に売渡処分は無効であると主張するので、これについて考察すると凡そ行政処分が無効であるとされるためには、その処分に内在する瑕疵が重大であり且つその存在が、裁判所による慎重な審理を経るまでもなく、外観上明白であることを要すると解すべきであるところ、本件についてこれをみるに、自創法第拾五条第壱項第弐号により、宅地建物を買収できる場合は、その宅地、建物が売渡農地自体の経営に必要な場合に限定されるものと解すべきであることは、こゝに詳言するまでもなく、右法条並に自創法全体の趣旨から考えてまことに明らかなことである。

それで本件宅地建物が本件売渡農地自体の経営上必要であるかどうかについて判断するに、訴外亡渡辺百平が売渡を受けた農地の面積は僅に六歩に過ぎないことは、前に述べたとおりであるが、かような僅少の農地の経営には本件宅地弐拾壱坪及建物建坪拾壱坪を必要としないことは、裁判所による慎重な審理をまつまでもなく、客観的に明白なことであるから、右売渡農地の経営上本件宅地建物を必要とするとしてこれを買収することは、違法でありその違法は明白である。そして、右売渡農地の僅少の程度から考えて、右違法は重大なものと謂うべきである。それ故本件買収処分およびこれに続く売渡処分には、重大且つ明白な瑕疵が存するものと謂わざる得ない。

もつとも、被告は本件附帯買収処分は、仮に違法であるとしても無効ではないと主張するので、この点について更に当裁判所の見解を述べることとする。

自創法第拾五条が自作農となるべき者の申請に基き宅地建物等について、所謂附帯買収をすることを規定しているのは、かゝる買収が同法第壱条に掲げるところの、耕作者の地位の安定、自作農の創設、農業生産力の発展等の自創法の目的達成上必要な場合があるからであり、ことに同法第拾五条第壱項による買収が所有者の意思を無視し、その犠性において一方的に強行されることを考慮するときは同条第壱項第弐号には、同項第壱号の如く自創法による売渡農地の利用上必要という要件を明示していないとはいえその解釈としても同項第壱号の場合と同様に売渡農地自体の経営上必要でない宅地、建物の買収は許されないものと解すべきであることは、被告主張の判例をまつまでもなく明らかなことというべきである。

故に、仮に前記亡渡辺百平が本件買収当時に前記売渡農地の外に被告主張の農地を自作しており、そして被告が右売渡農地のみならず右自作地の経営上本件宅地建物が必要であるとして本件買収並に売渡の各処分をしたとしても、その瑕疵たるや明白且つ重大であるというべきであるから、それは本件各処分の取消事由たるに止まらずこれが無効事由に該るものと謂うべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八拾九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 宮本勝美 中谷敬吉)

(目録省略)

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